【南米の皿の上】ソパ・デ・マリスコス


チリ北部・アタカマ砂漠から南の沿岸地帯には、湿気をたっぷり含んだ太平洋からの西風がアンデス山脈に当たって雲霧が出来る地域があり、そこの植生を「ロマス」と言います。日本とは季節が反対の南米・チリでは5~8月の冬は乾季にあたり、9月になると雨が降り始めますが、この時期にロマスで大雨が降った後、それまで何もなかった砂漠は一変して、あちこちにそれはそれは美しいお花畑が出現します。私がこの地域を通った時は12月上旬だったんですが、知らずにロマスの花畑を垣間見たことがありました。今回は、それに絡めて話を進めて行きたいと思います。

南米でシーフードのおいしい国と言えば真っ先に名が挙がるのがチリではないでしょうか。日本にも、チリ産サーモンやウニなどが輸入されているので、一度はそれを食べたことのある方も多いのではないかと思いますが、これはチリ沖に寒流のフンボルト海流が流れている為だそうで、長い海岸線には港も多く、いたるところでおいしい魚介類にありつけるのがうれしい国であります。もちろん首都サンティアゴでも新鮮でおいしいシーフード料理を味わえますが、鮮度重視なら海辺の町へ行って食べるのが一番。それと、上記の理由から、今回の舞台はチリ中部と北部との境目にある街、ラ・セレナです。
ラ・セレナはサンティアゴの北470kmにある、温暖な気候を活かしたピスコ酒の生産が盛んなコロニアル都市です。空気はいいし、見どころもたくさんある上に海岸線には長いビーチがあるので、夏のバカンスシーズンは国内外からの観光客で大層賑わうそうですが、私が行った時はまだシーズン前だったせいか、さほど混み合うこともなく、活気がある中にも落ち着いた感じでした。そのラ・セレナに行く足としては、サンティアゴからは飛行機と長距離バスがありますが、私の場合はまず飛行機で、北部のペルーとの国境の町アリカに飛んで、名所旧跡を訪ねながら夜行バスで南下して行くというコースを取っていました。その途中に寄ったのがラ・セレナ、という訳です。

さて、バスを降りてまずは観光案内所を目指して出発。しかしここのバスターミナルは中心地から2kmも離れていたので、大きくて重いバックパックを背負って歩くのはなかなかツライ。何せこの時の私は、その前のアタカマ塩地ツアーでの強行軍に加えてカラマからの夜行バス(これが停車地は多いわ途中荷物検査があるわで殆んど眠れずものすごく疲れた)で大分よれよれになっていたのです。今から思えばタクシーを使えば良かったんだけど、この頃はまだどこに連れて行かれるのか分からないという不安が強くて、タクシーに乗るのには抵抗があったんですね。それで緩い坂道をぜいぜい言いながら歩いて行くと、左手側には何と「Parque Japones(日本庭園)」の看板が。ガイドブックを見ると、鉱物資源によるビジネスで成功した日本人が造ったものだとか。1988年にオープンした大阪・阿倍野の近鉄百貨店別館の専門店街の名前が「ラ・セレナ」で、そのイメージコンセプトが、「セレナに移住した日本人が成功して帰国し、別館を建てた」というものだったと記憶していますが、その鉱物ビジネスマンをモデルにしていたのかもしれませんね。別館は2008年には再開発事業の為閉店となり、今はあべのハルカスとなっています。ちなみにラ・セレナは天理市と姉妹都市だそうです。

中心部のアルマス広場前、郵便局の横にあると載っていた観光案内所(1992年当時)。しかし郵便局はあるのに肝心の案内所が見つからない。あまり探し回る体力のなかった私は早いとこ荷物を下ろしたかったので、ガイドブックを頼りに利便性の良さそうなホテルに投宿。フロントで案内所の場所を聞くと、アルマス広場にあるわよ、と不思議そうな顔で言われたけど、おかしいなあ。もう一度行ってみたけどやはり見つからず、郵便局入口のガードマンに尋ねたら、正面右手にある階段を降りたどんづまりにあると教えてくれました。これじゃ分からないはずだわ(ガイドブックには独立した建物のように書いてあったので)。ともかくここで地図とパンフレットを貰い、トロロ天文台に行けるかどうかを聞いてみる。トロロ天文台というのはラ・セレナの南東)90km、標高2200mの位置にある南半球最大級の天文台で、空気が非常に澄んでいる上に年間300日は晴天だという観測には絶好の立地なことから設置されたというもの。丁度旅に出る前にNHKの天文番組「銀河オデッセイ」でこの天文台を紹介していたので、是非とも行ってみたいと思っていたのです。しかし見学の予約をしていない(日本からの手段が解らず現地で出来るかなと考えていた)のでどうかなと思ったら、やはり飛び込みは無理だとのこと(1か月以上前に要予約)。しかも予約があっても見学出来るのは昼間だけで夜間はなしということで(当時の話です)、満点の星と空気の澄んだところでしか見れないと言う日没時のグリーンフラッシュを見てみたかったけれど、仕方ありませんね。ちなみに、今はこのトロロ天文台よりも規模は小さいけれど、一般向けで夜間も観測出来るママリューカ天文台があるそうで、ツアーも出ているとのことです。興味のある方はいかがでしょうか?あと、ラス・カンパナス天文台も見学が出来るそうですが、こちらは研究者向けのようです。

話は戻って、案内所を出たところで時計を見ると13時。午前のオフィスアワーは終了だし、丁度昼時だから腹ごしらえに行こう。
アルマス広場から4ブロック東にあるレコバ市場(調べたけど今も健在のようです!)の1階は土産物店と青果市場で、2階はレストラン街となっています。てくてくと階段を上がって行くと、2人の女性が待ち構えていて、食事かと聞くのでそうだと答えると、こっちだと引っ張って行く。どうも客引きのようですね。まあ初めてでどの店がいいのかよく分からないので、引っ張られるままに席に着いた。店の名前は覚えてないけれど、店内の張り出したバルコニー席からは下の雑踏がよく見える。魚を売っている屋台は安いのか、ひっきりなしに客が訪れていて、道路の交通量も多い。
さてオーダーは、この地方の名産だというパパイヤジュースと、やはり海の近くだからソパ・デ・マリスコス!これは直訳すると海鮮汁で、呼称は場所や店によってカルド・デ・マリスコスとかになったりしますが、シーフードレストランなら大抵はメニューに載っているというくらいに大変にポピュラーな料理です。スープと言っても具沢山なので、扱いはメインディッシュ。
オーダーしてまず最初に登場したのはビン入りのパパイヤジュース。これが何ともうまいっ!日本で売っているパパイヤは独特の臭みがあるのだけど、ここのはそういうのは全然なくて(この地方だけで栽培されている小型種だと聞きました)、コクがあるのにさっぱりしていて飲みやすく、とろりとした味はパパイヤミルクといった感じ!すっかりハマってしまった私は食後、下の店で200mℓ入りのビンを何本か買い、滞在中ずっと飲んでいたけど、パパイヤにはパパインという肉を柔らかくする酵素が含まれているので、お腹が緩くなるのが難点ですね。
話を戻して、しばらくしてやって来たスープはなかなかのボリュームで、具は白身魚、カニ、チョルガ(ムール貝)、アルメハ(ナンベイオオアサリ)、エビなど色々。これもまたさっぱりとした味付けなのに、だしが良く出ていてうまい。ああ五臓六腑に沁み渡る。北部では観光に忙しくてろくなものを食べていなかったから感涙ものです。これを食べれただけでもラ・セレナに来た甲斐があったというもの。

オフィスアワー再開までの時間潰しに街中をそぞろ歩き。あちこちにきれいな教会があるのが目に留まります。これらの教会は、それぞれに鐘が鳴る時間が違っているようで、しかもただカランカランと鳴るのではなく、讃美歌の一節になっているし曲も教会ごとに違うんですね。クリスマスシーズンだったせいか、メロディは「牧人ひつじを」や「荒野の果てに」などよく聞く曲ばかりでした。
夕方旅行会社に行って近郊へのツアーを物色。私は岩絵があるというエンカント渓谷とソコス温泉や、ちょっと離れてるけど海岸地帯にあるフライホルヘの森という国立公園に行きたかったのだけど、エンカントとソコスは同じ国道沿いにあるくせに別々のツアーに組み込まれていることが多く、両方へ行けるというツアーがない。フライホルヘに至ってはまだシーズンじゃないということでツアーが出ないと言われ、2,3社当たってみたがどこも同じだった。代わりによく勧められたのがエルキ渓谷へのツアーで、エルキ川沿いにある町の名所を巡りながらピスコエルキへ行くというもの。ピスコエルキには、その名の通りピスコ(ぶどうから作られる蒸留酒。元はペルーの港町ピスコで作られていたことからこの名が付いたもので、これを使ったカクテル、ピスコサワーが有名)の生産工場と、それ用のぶどう畑があるらしい。このツアーなら人気があるから毎日出るし、人数もすぐ集まるからどうかと言われたけど、当時酒には興味のなかった私は気が乗らない。さりとて、フライホルヘは諦めるとしても、エンカントとソコスを別々にふたつ行くほどの時間的余裕はなく、観光タクシーをチャーターして行くなら100米ドルもかかると言うし(今なら絶対タクシーでも行くのに!バカだなー!)どうしたものかしら。考えた末に、ツアーに参加するのは止めて、のんびり市内見物をすることにしました。前述のように北部行で大分疲れていたので、ここで体を休めておいた方がいいだろうと思ったんですね。
時間が余ったのでホテルに戻ってシャワーを浴びようとしたら、出たのはお湯ではなく水。またかい。ちゃんとカランをひねって温水が出ることを確認してからチェックインしたのに。これは後で判ったことだけど、この温水というのがくせもので、昼間は屋上にある給水タンクが日光で温められる為に温水になるけれど、夜間は冷水に戻ってしまうというシロモノらしい(北部はこのタイプのが多く、入浴時に水になって震えあがることがよくあった)。南米の人は朝にシャワーを浴びる習慣のようで、これで問題ないようですけどね。

翌日はツアー参加を止めた為に特にどこに行くというアテがなかったので、考古学博物館に行ってみました。アリカやアタカマなどの発掘品が展示してあり、その中には行きそびれたエンカント渓谷の岩絵もありました。これで我慢しとけということなのかしら。
昼食はまたしてもレコバへ。しかし前日と違って客引きの多いこと。5人もいてそれぞれにうちにおいでよと猛アピールしてくる。今日は色々と店を覗いてから決めようと無視して歩き出したら3人かたまってついて来て、奥まで行くと更に店から出て来たのでまた5人になり、お互いに邪魔しないでよとケンカしているので目を白黒させていると、通路にいた流しのギター弾きが笑っていました。
適当なとこに沈没して、またソパ・デ・マリスコスを注文。今日のドリンクは、せっかくだからご当地もののピスコサワーにしよう。まあ産地だからフレッシュってものではないけど気分ということで。女性向のカクテルなので、口当たりが良くて飲みやすかったですね。作り方は、ピスコと卵白とレモン果汁と砂糖と氷をミキサーにかければ出来上がりなので、お試しあれ。
食後は1階に軒を連ねる土産物屋を物色。手前の何軒かの店にはビン詰めのパパイヤのシロップ漬けにパパイヤジュースがあり、欲しかったけど持って帰ると税関で没収されそうだな。ちなみにこのジュース、200mℓ、350mℓ、2ℓ、5ℓとあったけど、何故か1ℓがありませんでした。他の店には陶器の皿に置物、メノウ系の石の灰皿、ニット製品にわら細工のかご、チリ特産ラピスラズリのアクセサリーと、どこも似たようなラインナップ。しかし一軒だけ、博物館にあったような土器を置いている店があった。他の店のはいかにも土産物的な焼きの甘いものばかりだったのに、ここのだけレベルが違う。話を聞いてみると、博物館の展示土器のレプリカだそうで、そのせいかどうか鍵付きのガラスケースに恭しく収められていて、お値段もちと高い。他の絵皿が2500ペソなのに対して13500ペソもする。店主は、安物は1日で出来るがこれは焼成に1週間かかるのだと言う。成程、確かに焼きが緻密でしっかりしている。その分の値段の差か。悩んだ末に、私は幾何学模様の付いた中くらいの鉢をひとつ買うことにしました。円に換算すれば5千円程だから、そう高いものでもないし。後は記念に絵皿と鳥の置物。
さて買ったはいいが、こんな重い物を持って旅を続けるのは嫌だから、さっさと実家へ送ってしまおう。郵便局へ行って、この荷物を送りたいんですと言ったら、窓口のおばさんは、そのままじゃ壊れちゃうわねえと言う。新聞に包んだものをビニール袋に入れてあるだけなんだから当然ですわな。段ボールか何かありませんかと尋ねると、親切なおばさんは発泡スチロールと一緒にありものを出して来てくれたが、スチロールがチップ状なのでまとめにくいことこの上ない。悪戦苦闘しながらも何とかパッキングすると、おばさんが上からハトロン紙と紐を掛けて荷造りしてくれました。航空便だと高くつくので船便にして、送り状を書いて完成。やれやれ。この頃はまだ旅の始めで梱包に慣れていなかったので時間が掛かってしまいましたが、この経験を踏まえて文房具店でガムテープとビニール紐とマジックペンを買い、常に持ち歩く様にしました。しかしやはりパッキングが甘かったようで、後日旅行から帰って見ると、陶器類は結構壊れていましたが、高かった鉢だけはヒビひとつ入っていなかったのはさすがと言うべきかしら。

翌日、ラ・セレナに別れを告げ、長距離バスでサンティアゴへ。7時間かかるので昼便だと到着が夜の9時になってしまうのがどうかと思ったけど、夜行バスはもう懲り懲りだったので。でもこれで正解でした。というのは夜行では見れなかっただろう車窓外の風景が大変素晴らしかったからです。
セレナを出てすぐの海岸線には砂浜に戯れる人々がいたりカバーニャと呼ばれる海の家の様な貸し小屋が立ち並び、すぐ南の避暑地で有名なコキンボにはたくさんの観光客が居て夏らしい活気に満ち溢れていました。街から離れて行くにつれて人影も建物もなくなり、今度は砂浜にはヒルガオのような花やマメ科らしき花が咲き、そこを過ぎて低い山脈地帯に入ると山嶺に霧が流れ、植生がどんどん変わって行くのが分かります(多分この辺りがフライホルヘの森だったのだろうと思います)。赤い花を咲かせているリュウゼツラン科の植物、黄色い花をつけた低灌木、遠くからでは色しか判らない白や紫の花と、まさに花盛り。これが冒頭に書いたロマスの花畑との出会いでした。ああっここで降りたい!と思ったけれど、こんなところで降りた日には野宿は確実だしな…。こんな風に、移動の途中に花畑や美しい光景に出合うのはよくあることで、その度にここで降りて見たいと願うけれど、行程を考えるとそれは叶わないのが常で、いつかまた、と後ろ髪を引かれながらその場を後にするのですが、この時も指を咥えて見ているうちに、次第に景色からは山地がなくなって、海岸線からも離れ、畑や柳、ポプラ並木に変わって行きました。サンティアゴに入ったんだな。民家が増えて行くにつれて、運転手に車を止めてもらってそこで降りる人や、逆に手を上げて乗り込んでくる人など、好きなとこで降りたり乗ったり、合理的でいいなあと思うけれど、日本じゃこうは行かないですね。やがてバスが都心部に入る頃には陽も暮れて来て、ターミナルに着いた時には暗くなっていました。首都とは言え、人通りの少なくなった暗い道を、ホテルを目指してひとりで歩くのは心細くはあったけど、それでも半日に及ぶ車窓からの風景は、ずっと見ていても飽きない程素晴らしいものでありました。
この「ロマス」の名を知ったのは、帰国後何年かして、私と同じくフォルクローレと花好きの夫と結婚し、更に数年が経ってテレビや本で紹介されてからのことで、またアンデス地帯を巡って今度はじっくりとフラワーウォッチングしてみたいなあ、と思いは募るけれど、未だ望みは果たせてはいません。まあお花畑もその年によって出現するしないがあるようで、行ったところで見れる保証もないですがね。(1992年12月紀行 村上幸恵:著)

 

 


レシピ:ソパ・デ・マリスコスの材料(4人分)

<材料>

ムール貝…………………………………………………500g
マテ貝(なくても良い)………………………………500g
あさり……………………………………………………500g
殻つきえび………………………………………………8尾
切り身のタラ……………………………………………4切れ
タマネギ…………………………………………………1個
パセリ……………………………………………………1枝
バター……………………………………………………大さじ2
塩、コショウ……………………………………………適量

下準備:マテ貝とあさりは良く洗って一晩塩水に漬けて砂を吐かせておく。
ムール貝は殻を良く洗って付着物を取り除き、えびは背ワタを抜いておく。
タラは塩とコショウを振っておく。

<作り方>
1. 鍋にたっぷりの水と貝を入れて茹で、火が通ったら取り出しておく(この時、食べやすいように殻を外しておいても良い)。
2. フライパンにバター大さじ1を入れて溶かし、みじん切りにした玉ねぎを炒めて皿にあけ、残りのバターを入れて溶かしたところに小麦粉を付けたタラを入れて両面に色が付くまで焼いてどけ、そのままえびを入れて色が変わるまで焼く。
(こうして先に火を通して固めておくことで切り身の身崩れを防ぎ、えびは臭みが出ないようにします。)
3. 1に取り除けた貝を戻し、2の材料を入れてアクをすくいながら10分ほど煮る。
4. 3に塩とコショウを加えて調味し、みじんぎりにしたパセリを散らして出来上がり(タバスコを振ると味がしまりますが、その辺はお好みで。

魚介類は上記以外の物でも何でもお好みでどうぞ。ホウボウは良いだしが出るのでお勧めの魚です。パエリアにもいいですよ!アラも粉をまぶしてバターでソテーしてからだしを取ると良いです。ちなみにソパ・マリネーラ(海のスープの意。こちらはトマト風味です)にはリッチにもロブスターやアワビなどを使うそうです。


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